もちろん頭の良さはいるかもしれないけれど、頭が良いだけじゃダメ。謙虚さも持ち合わせる必要あり。
社会人で勉強しなきゃと思うきっかけ
話をしている数字のことが訳わからなかった
社長講話などで、今期の数字の着地の話をするわけなのですが、
入社してまだ一年目でありがたいことに昇格をトントンと順調に進めていた私なのですが、
集会にいざ参加して社長講話についてのレポート提出を求められたとき、
どんな内容を書けばいいのか分からず挫折した経験があります。
後ほど、先輩たちに聞いたら、その部分は「へぇー」でいいんだよと言われたのですが、
この数字だからこの政策を来期は進めていきたいと言っているので、
数字が読めるようになりたいと思いましたが、勉強は何をすればいいのか分からなかったのです。
学生は科目があって、それに注力。社会人は足りない知識を特定するところから
学生の頃は国語、数学、英語、社会、理科の五大科目に、
他科目といった感じでしたが、
社会人になるとその分野の広さにおったまげます。
英語だけではなくなり、中国語や韓国語も加わったりするイメージをすれば分かりやすいでしょうか。
その部分の特定をうまくしないと、とてもじゃないですけど、
実生活の役に立つ知識にならず、時間の無駄に終わってしまう感が否めません。
勉強していて悪かったとは思ったことはないのですが、
やはりもう少し習得しておけばよかったなと思わせられることは多々あります。
特定の難しさと言ったら、なんでしょう。
学べることを学べる環境にあるけれど、選択肢が多い
学生の頃には決まった科目を勉強すればよかったのかもしれませんが、
今思えば、本当に頭のいい大人たちのご都合的なものに支配されていたのだなぁと思います。
自分の学びたい分野についていざ勉強しようとしても、
その科目が分からなかったりして、果たしてこの道筋であっているのか気になったりして、
勉強を挫折した…なんてあると思うんですよね(私がそうなんですが)。
医者は投資に失敗しやすい
そんな中で頭が良い人と聞いて一般的には医者が浮かぶと思うのですが、
医者は高所得でありながら、投資などの金融分野では失敗しやすいというのを、
「賢明なる投資家」著書のベンジャミン・グレアムさんが説いています。
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彼らは頭が良いがゆえに判断を誤りがちであるという点。
一番自分自身に疑いを持つということをしなくてはいけないのに、
自分の頭の良さがそれを阻害していることに気づいていない人も結構いるとか…。
頭良くなくても、結構阻害されていますけどね。
根拠なき自信は誰だってあります。
けれどそれに対して疑いを持つためには謙虚である姿勢が重要であるとグレアムさんは言っています。
謙虚になる必要があり、卑屈になるのは違う
謙虚とは近い感情で全く違うのが、卑屈だと思うのですが、
卑屈はできないことに対して今の自分を正当化しようとする力のことを言うと認識しています。
謙虚はできないことに対して今の自分をどう改めるかを考える姿勢だと考えています。
メンタリストDaiGoさんも「人は言い訳を考える時はクリエイティブになる」と言っていたように、
人は卑屈になるのが得意なので、その特性を理解しつつ、
謙虚に持っていく日々の訓練が必要ですね。
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私的所感
私自身、卑屈になるのは得意です。
開き直ってしまって、それを改善しようとする姿勢を今周りにアピールしているつもりです。
卑屈と後回しが大の得意で、最近は仕事がないおかげか、
「あ、今卑屈になってる」「あ、後回ししている」が気付きやすく、
気づいたときにこの後の自分がどういう気分でいたいかを考えて、
その行動の反省を促しています。
問題は産後もこれが継続できるかですね。
今のうちにできていないと、さらに余裕がなくなったときにできるわけがない、
は私のモットーで仕事中部下にも言っていることですので(笑)
継続していきたいと思います。
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